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ちばのたね
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千葉の人でも意外と知らなかった特徴と魅力。
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ちばのたね バックナンバー(73~84)
南房総市 全国最多タイの8つの道の駅
地図
全国の地域活性化のモデルになった「道の駅とみうら枇杷倶楽部」
 道の駅は各地方自治体と道路管理者が連携して国土交通省によって登録された休憩施設、更に地域振興を目的とした施設で、1991年(平成3年)に実験的に始まりました。1993年(平成5年)に「道の駅」に正式登録が開始され、第1回登録は103駅で、2025年(令和7年)の6月13日現在、全国に1,230駅が登録されています。
 千葉県初の道の駅は1993年(平成5年)に富浦町(現在の南房総市)にオープンした「道の駅とみうら枇杷倶楽部」でした。「道の駅とみうら枇杷倶楽部」では地元名産の「びわ」を使ったお土産やグルメなどを充実させ、2000年(平成12年)の全国「道の駅」「道の駅グランプリ」で「最優秀賞」を獲得しました。この受賞をきっかけに、名前が全国に知られるようになり、2015年(平成27年)には「全国の地域活性化のモデル」に選定されました。
 「道の駅とみうら枇杷倶楽部」のオープン当初は、施設内に設置した「富浦町役場枇杷倶楽部課」が施設管理、文化事業、地域振興、情報化など公共性や地域への波及効果が高い関係の業務を担当し、一方売店や喫茶店等の営業や観光客誘致などの「営利事業」は、富浦町が資本金を全額出費し、町長が社長を務める「株式会社とみうら」が担当していました。2024年(令和6年)10月1日に市内の第三セクター2社と合併し、「株式会社ちば南房総」に社名変更して「枇杷倶楽部」全体の運営管理を行っています。
とみうら枇杷倶楽部
千葉の道の駅の草分け「とみうら枇杷倶楽部」
とみうらマート
枇杷倶楽部に隣接した地元食材を提供する
「とみうらマート」

全国最多の道の駅を抱えた南房総市
 株式会社リクルートが提供する国内旅行情報誌ブランドおよび宿泊予約サイト「じゃらん」が2024年2月16日時点の登録駅数1213箇所を対象にアンケート調査を行った「『じゃらん』全国道の駅2024年」では「道の駅保田小学校」が9位に選出されました。
 また、千葉県が公表した「令和5年観光客の入込動向」の観光入込客の延べ人数のランキングでは、大型のレジャー施設や成田山などがランクインしているのはもちろんの事、7位の「道の駅木更津うまくたの里」が127万人と多くの観光客が訪れ、20位の中に道の駅が8箇所も入っているという、今や千葉の観光スポットとして欠かせないものになっています。
ランキング
 観光スポットとなった道の駅を活用すべく、南房総には1993年(平成5年)に「道の駅鄙の里三芳村」、1998年(平成10年)には「ローズマリー公園」、2002年(平成14年)には「ちくら・潮風王国」、「富楽里とみやま」の2箇所、翌2003年(平成15年)には「おおつの里」、2005年(平成17年)には「白浜野島崎」と南房総地域に続々と道の駅が作られていきました。
 その後1999年(平成11年)から2010年(平成22年)にかけて全国で行われた「平成の大合併」によって、2006年(平成18年)に富浦町、富山町、三芳村、白浜町、千倉町、丸山町、和田町の7つの町村が合併して「南房総市」が誕生し、市内に7つの道の駅を抱える市になりました。その後合併後に唯一道の駅が無かった「旧和田町」にも2012年(平成24年)に「道の駅和田浦WA・O!」が作られ、合併前の旧町村全てに道の駅を持った、ひとつの市としては2024年現在8つの道の駅を持つ、全国最多の市町村になりました。
とみうら枇杷倶楽部
道の駅 とみうら枇杷倶楽部
鄙の里三芳村
道の駅 鄙の里三芳村

富楽里とみやま
道の駅 富楽里とみやま
ローズマリー公園
道の駅 ローズマリー公園

おおつの里花倶楽部
道の駅 おおつの里花倶楽部
ちくら潮風王国
道の駅 ちくら潮風王国

白浜野島崎道の駅
道の駅 白浜野島崎道の駅
和田浦WA・O!
和田浦WA・O!

道の駅を拠点に発展する南房総市
 市内に「全国で最多の道の駅」を抱えた南房総市は、「道の駅」を観光拠点として連携させ、引き続き輝かせて行こうと「重点道の駅」の認定を目指していました。重点「道の駅」とは、地域活性化の拠点となる優れた企画があり、今後の重点支援で効果的な取り組みが期待できる道の駅です。国土交通大臣が選定し、選定されると「設備交付金の重点支援」と制度活用などについて関係機関に相談できる支援を受けられるようになります。
 南房総市は「重点道の駅」の認定を受けるため、市内の8つの道の駅の運営主体を統合すると共に市役所組織の再編を実施し、市内の道の駅が連携して施設リニューアルやツーリズムの充実等が実施できるように改善しました。更に「地域ビジネスの稼ぐ力の創出」と「観光地域づくり法人としての機能拡大」という企画を立案した結果、それが評価されて無事重点「道の駅」に選定されました。
 南房総市は他にも「道の駅おおつの里」の敷地内に加工施設を整備し、未活用だった農畜産物を生かした商品開発などに取り組んでいるほか、パートナー企業を選定し、市内の特産物の安定仕入、特産品の企画・開発・ブランディング・PR・販売など「商工連系」や「6次産業化」を促進する取り組みをはじめました。南房総市の8件の道の駅は、今や旅の目的地としての地位を得て、そのスケールメリットを活用し、連携して南房総市に大きな貢献をしていくでしょう。
運営主体
8つの道の駅の運営主体は枇杷倶楽部内に置かれている
加工施設
おおつの里内に作られた加工施設

(2025/10/10)
いすみ市 いすみ米
地図
「いすみ米」は千葉県三大銘柄のひとつ
 千葉県はいち早く新米を収穫する「早場米(はやばまい)」の産地で、なかでもいすみ市は清澄山、麻綿原高原、養老渓谷を上流とする夷隅川の清流と豊富な水量によって作られた肥沃に富んだ粘土質の土壌は、水持ちが良く、ミネラルも豊富に含み、夷隅統(いすみとう)と呼ばれています。いすみ米は、炊き上がりの粘り気に富み、口いっぱいに甘みが広がるのが特徴です。
 また、いすみ市沖の岩礁は「器械根(きかいね)」と呼ばれ、イセエビやタコを始め豊富な魚介類が獲れる場所があるなど、米だけでなく海の食材にも恵まれ、砂浜には「アオウミガメ」が産卵に訪れ、田園には「コハクチョウ」が訪れるなど自然豊かな地域でもあります。
 平安時代の892年(寛平4年)に菅原道真の編纂で完成した歴史書「類聚国史(るいじゅこくし)」によると9世紀初頭には既にいすみ市の一帯が大規模な「穀倉地帯」になっていたとされています。このように良質な米がたくさん採れることから、今からおよそ1500年前には朝廷の重要な直轄地になっていました。
 いすみ市で収穫された米は明治時代になると「上総国吉米(かずさくによしまい)」として東京や関西の市場で高値が付くようになりました。当時の国鉄木原線(現在のいすみ鉄道)の「国吉駅」周辺は、収穫の秋になると出荷を待つ沢山の米俵が駅舎からあふれ、高々と摘まれていたそうです。更に皇室献上米にも選ばれ、「多古米」「長狭米」に続く「千葉の三大銘柄」に数えられています。
いすみの田園
肥沃な粘土質の土壌に育ついすみの田園
国吉駅
かつては国吉米が出荷されていたいすみ鉄道の国吉駅

特別栽培米で安心安全な食を提供
 千葉県の夷隅郡市(いすみ市・勝浦市・大多喜町・御宿町)を管轄する「JAいすみ」の管内各地では、田植え体験や稲刈りツアーが開催され、県外からもたくさんの消費者が訪れ、ファンの多い米であり、全国的に見てもレベルの高い良食味米が生産されています。そこで「JAいすみ」は2018年(平成30年)から千葉県の三大ブランド米のひとつといわれている「いすみ米」を「日本一の米」にするため「『いすみ米』食味コンクール」を開催しています。このコンクールは、いすみ米」の食味・生産技術・知名度をより一層向上させ、日本一の米にするために行われている「一番うまい米」を決める恒例のPRイベントで、管内の生産者は競って自慢の「コシヒカリ」を出品しています。
 また、いすみ市では「環境創造型農業の推進及び自然環境の保全・再生を通じた地域活性化を推進」をするため、農業関係団体や自然環境保全・生物多様性関係団体など22団体で組織する「自然と共生する里づくり連絡協議会」が2012年(平成24年)に設立され、その後新たな協力団体も加わり、41団体が環境と経済の自立に向けた「まちづくり」を行っています。更に「いすみ市環境保全連絡部会」は、食の安全といのちの循環に配慮した米づくりと、生き物の保全活動、子供達や親子、消費者への食農体験や生き物の調査などに取り組んでいます。
 このように「環境創造型農業」に取り組むいすみ市では、2012年(平成24年)当時は「無農薬栽培」で有機米づくりを行っている農家は自分たちで食べるだけの物を除くと1件もありませんでした。「いすみ市」と「農家」の手探りで取り組みが始まり、収穫量が減るなど苦労を続ける中、有機栽培の第一人者の指導を受けるなどして、ようやく栽培ができるようになり「特別栽培米」に認定されました。
 「特別栽培米」とは、その地域で慣行的に行われている農薬の使用回数の5割以下で、かつ化学肥料の窒素成分量が5割以下で栽培されている米のことで、この基準を満たした米は、2015年(平成27年)にこの「特別栽培米」の名前を公募し、「いすみっこ」と名付けられました。
 「いすみっこ」は農薬や化学肥料を全く使わず栽培されている「コシヒカリ」で、「特別栽培米」の中でも「化学合成農薬・化学肥料栽培期間中不使用」と規格にあたるもので、微生物からカエル、浮草、イトミミズにいたるまで、田んぼに暮らす様々な生きものの力を借りた、自然に寄り添った米づくりを進めています。
JAいすみ夷隅支所
JAいすみ夷隅支所
いすみ市学校給食センター
安心安全な給食を支える「いすみ市学校給食センター」

オーガニック給食から「いすみブランド」に発展
 「自然と共生する里づくり協議会」は、次世代を担う子供達の食が脅かされている現状を改善するため、その目標が子供達の食生活改善に向けられ、2015年(平成27年)に学校給食の「特別栽培米」の採用に取り組みはじめ、2016年(平成28年)には全国でも例を見ない、年間を通して学校給食の「特別栽培米」100%を目標に掲げ、2017年(平成29年)には100%を達成することができ、いすみ市の新たな特産品として「ブランド化」する取り組みも始まっています。
 更に給食で使用される野菜については、2018年(平成30年)から給食センターと農家が連携して、1品目ずつ提供できるように取り組み、徐々に供給できる品目が増えています。このような取り組みに加え、小学校からは「有機農業体験」を授業に取り組みたいという希望が寄せられ、「総合学習」の時間に年間を通して環境学習や食農体験をする「いのちの循環」の授業を行うなど、その取り組みは更に進化しています。
 この取り組みにはメディアにも数多く多く取り上げられ「オーガニック給食」で有名になったことと併せ、移住者や新たに「いすみ市で「有機農業をはじめたい方」がやって来るようになったということです。更に「有機米」や「有機野菜」を販売する店舗が増えたり、加工して商品化する人が増えたりという取り組みも始まっています。
 2020年(令和2年)3月には「未来につながる持続可能な農業推進コンクール」において、いすみっこを生産するいすみ市環境保全型農業連絡部会が最上位にあたる農林水産大臣賞を受賞しました。「自然と共生する里づくり連絡協議会」では「いすみっこ」のホームページを作成し、「いすみっこ」についての情報や活動、更に購入できる販売店を紹介しています。
いすみの輝き
厳選されたコシヒカリ「いすみの輝き」
安心安全な野菜
いすみ米に続いて栽培されている安心安全な野菜

(2025/9/10)
匝瑳市 銚子連絡道路と広域農道
地図
下総台地と平地の二つに分かれた市域
 2006年(平成18年)の1月に八日市場市と匝瑳郡野栄町(そうさぐんのさかまち)が合併して匝瑳市が誕生しました。匝瑳市の「匝瑳」は、平安時代に豪族の「物部小事(もののべ の おごと)」という人物が、現在の関東を征した功績で下総国の一部を与えられ、匝瑳郡(さふさごおり)としたとされ、このことが「続日本書紀」に最古の記録として残っています。
 「匝瑳」という言葉の語源は「さ=狭~美しい」、「ふさ=布佐~美しい麻が採れる産地」を表すとする説や、「さ」は接頭語で「ふさ」は下総国で最大の郡であることに由来するという説があります。また、「匝瑳」という名前は「難読地名」とされており、「日本の珍地名」という書籍の「難読・誤読地名番付」では「東の横綱」とされています。
 市の中心の町「八日市場」は、16世紀後半から8の日に「定期市」が開催される市場町として発展していました。18世紀初め頃には、八日市場で生産された木綿が江戸で販売されるようになったことで江戸との繋がりができ、町には商家が出来始め徐々に発展していました。八日市場で発展し、地域の市場町として中心的な役割を担ってきたため、1954年(昭和29年)に「八日市場市」が誕生し、2006年(平成18年)に「匝瑳郡野栄町」と合併して「匝瑳市」が誕生しました。
現在市の中央部にあたる平地には、JR東日本の「総武本線」とほぼ並行して国道126号線が横断しており、谷津田が広がる地域と平野で水田が広がる地域を分断しています。また、市の北部は浅い海底だった大地が陸化し、更に噴火した富士山や箱根地域の山の火山灰が堆積した「下総台地」の一部になっており、台地の谷が入り組み谷津田が広がっています。
 一方、市の南部にあたる平地には田園地帯が広がり、稲作はもちろんのこと名産になっている盆栽も栽培されています。太平洋に面した南端は九十九里浜の一部でかつては海水浴場になっていましたが、近年は「海岸浸食が顕著」になってしまったため、2009年(平成21年)以降は閉鎖されたままで、市内には利用できる海水浴場がなくなってしまいました。
谷津田風景
匝瑳市北部の谷津田風景
田園風景
平地に広がる田園風景

千葉と銚子を結ぶ「銚子連絡道路」
 国道126号線は、千葉県の東端で漁港の水揚げ高がトップクラスを誇る銚子市から東金市を経由して千葉市稲毛区までを結ぶ幹線道路になっています。1979年(昭和54年)には、稲毛までの幹線道路の渋滞を緩和しアクセスを向上させるため「千葉東金道路」が開通し、1993年(平成5年)には旭市の飯岡から銚子まで続く「飯岡バイパス」も開通しました。
 一方、国道126号の匝瑳市を横断しているエリアはチェーン店が立ち並ぶ商業地域で、JR総武本線も並行して走っているため、常に渋滞が発生していました。千葉県が掲げる「将来的に県内の主要都市から県都千葉市までの到達時間を1時間に近づける」という広域道路整備の目標「県都1時間構想」に基づき「銚子連絡道路」が構想されました。山武市と銚子市を結ぶ約30kmの「一般有料道路(自動車専用道路)」と「一般道からなる「地域高規格道路(国道126号を迂回す混雑緩和のための迂回道路)は、1994年(平成6年)に「計画路線」となり、第1期工事として首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の松尾横芝インターチェンジから横芝光町の国道126号までの6.1kmが自動車専用道路として整備され、2006年(平成18年)に開通しました。
 第2期工事完成までは18年もの時間がかかったものの、横芝光町インターチェンジから匝瑳市(匝瑳インターチェンジ)までの5kmの区間が2024年(令和6年)3月31日に開通しました。待ちに待った第2期工事の開通に先駆け、3月20日に匝瑳市と横芝光町が主宰の主催で開通前の道路を歩く「スカイウォークフェスティバル」が開催されました。この道路が開通した事で、匝瑳市の幹線道路となっている国道126号の混雑は緩和され、銚子漁港から東京の豊洲市場までの所要時間がおよそ24分短縮されることになりました。また、「銚子連絡道路」の「匝瑳インターチェンジ」から旭市の「飯岡バイパス」に接続する13kmの残りの区間については、第3期工事として事業化され、予定している2031年度(令和13年度)の開通を目指して準備が進められています。
分岐点
東京外環自動車道と銚子連絡道路の分岐点
銚子連絡道路
2024年に開通した「銚子連絡道路」

渋滞回避と観光にも役立つ「東総広域農道」
 令和6年度のデータでは、匝瑳市の総面積は10,152ヘクタール、そのうち耕地面積5,030ヘクタールで49.5%、そのうち畑耕地面積1,830ヘクタールの18.0%、林野面積1,487ヘクタールでおよそ14.6%、水田が31.5%を占めるなど、市の大半が農地で農業が盛んな土地といえます。
 農業が盛んな地域が農産物の生産から流通、加工までを効率的に行えるようにするために作られているのが「広域農道」です。この道路は「広域営農団地農道整備事業」によって建設される道路で、匝瑳市と旭市の谷津田地域で生産されている農産を効率的に行えるようにするために建設されました。1989年(平成元年)に建設された「東総広域農道」は、匝瑳市を起点として旭市まで続く18.9kmの道が開通しました。
 この道路の完成によって、国道126号線沿線は大手チェーン店をはじめ多くの商業施設が立ち並ぶ市街地として機能している反面、時間帯によって交通渋滞が発生していました。完成した「東総広域農道」は、市街地の混雑を避けるための「バイパス」、「抜け道」としても使われることで移動時間短縮、渋滞状況の改善に役立っています。
 「銚子連絡道路」と「東総広域農道」は、周辺の地域はもとより「飯高檀林」をはじめとした歴史ある街歩きや八日市場の名残が残る古民家、田園風景や豊かな自然を求めて訪れる観光客にとってもアクセスを向上する大きなメリットとして、更に多くの匝瑳市を訪れる人々を増やしてくれるかもしれません。
東総広域農道
田園の中を抜ける「東総広域農道」
飯高檀林講堂
観光地・ロケ地としても知られている飯高檀林講堂

(2025/7/10)
食の宝庫 鴨川市
地図
献上米と日本酪農の発祥の地
 鴨川市には清澄山系と市の中央部を横断する嶺岡山系の間に長狭平野が開けています。一方、市の北部と南部は海岸線から直ぐに「房総丘陵」が立ち上がる平地の少ない地形です。長狭平野を流れる加茂川沿いには「長狭平野」に広がる水田や棚田として知られている「大山千枚田」があり、そこでは千葉のブランド米「長狭米」が作られています。また、野菜のハウス栽培ではトマト、キュウリ、イチゴなどが、露地栽培ではレタス、そらまめ、枝豆などが栽培されています。
 果樹では柑橘類が栽培され、温州ミカン、夏みかん、甘夏みかん等の他、安房地域の温暖な気候を生かしたレモンの栽培も行われています。鴨川で生産されているレモンは、5月、7月、10月に開花し、10月から4月にかけて出荷され、「ちばエコ農産物」にも指定されて、12月から年明けに収穫される物と比べて、10月から11月にかけて収穫される青いレモンは「グリーンレモン」という名称で販売されています。
 2010年(平成22年)には、生産者が集まって「鴨川レモン組合」が結成され、皮まで食べられる安心・安全なレモンづくりに取り組んでいます。また、規格外のレモンを使った商品開発も行われ「鴨川海と太陽のレモン」として菓子や飲料、ドレッシングなどの加工品が開発された他、夏みかんを使ったリキュールも開発されました。
 1999年(平成11年)に鴨川市の総合交流ターミナルとしてオープンした「みんなみの里」では、いちご狩りをはじめ、田植え・稲刈り、鴨川レモン救済収穫など「地域とつながるプログラム」が実施されています。
 江戸幕府の8代将軍徳川吉宗が、白牛(セーブ種)を「嶺岡牧」(現在の鴨川市)で飼育し「白牛酪」という乳製品を作ったことで、鴨川市は「日本酪農発祥の地」とされています。今も鴨川市では酪農が行われており、母牛が出産後の5日間の「初乳」を固めた「チッコカタメターノ」という「牛乳豆腐」のような食べ物は、酪農家の間で定番の食べ物になっています。方言で「牛乳」を「ちっこ」と言うそうで、「ちっこを固めたやつ」と特に名前がつかずに食されていました。このイタリアンのような名前は、郷土料理として紹介する際に名付けたものだそうで、農林水産省が公開している次世代に伝えたい大切な味「うちの郷土料理」では、「チッコ豆腐」という名前で掲載されています。ほかにも、牛乳を葛で固めたスイーツ「嶺岡豆腐」も定番料理になっています。
長狭米の田園
長狭米の田園
大山千枚田
大山千枚田

酪農のさと
日本酪農の発祥の地「酪農のさと」
みんなみの里
みんなみの里

多くの漁港から水揚げされる豊富な魚種
 漁港は地元の主に漁業で利用する「第1種漁港」、第1種漁港より利用範囲が広く第3種漁港に属さない物が「第2種漁港」、利用範囲が全国的な漁港は「第3種漁港」、離島や辺地で漁場の開発や漁船の避難に特に必要な「第4漁港」の4種に分けられています。
 鴨川市の漁港は、天面漁港、太夫崎漁港が「第1種漁港」、浜荻漁港、浜波太(はまなぶと)漁港、江見漁港が「第2種漁港」、小湊漁港、天津漁港、鴨川漁港が「第3種漁港」と8つもの漁港があり、港には豊富な魚種が水揚げされています。「浜波太漁港」周辺では、明治時代に「かつお節」の生産が始まり、「太海節」名前が付くほど上質なかつお節が作られ、今でもかつお節が製造されています。
 また、鴨川市漁業協同組合は定置網漁で捕れた魚の「差別化」をはかるため、「船上活〆」を行いブランド化しています。捕獲された魚は暴れると乳酸などの疲労物質が蓄積して味が落ち、死後硬直が始まって鮮度が劣化してしまいます。そこで捕った魚を船上で一気に絶命させ、生臭くなる原因の血を抜いて鮮度の劣化スピードを抑制するのが「船上活〆」です。
 2007年(平成19年)からは定置網漁であがったサバ、アジ、ヒラマサ、サワラ、ブリなど約20種の魚を「船上活〆」しており、手間をかけた分だけ味も品質も高く、多くの仲買人や料理人から評価されて、市場では付加価値が高いブランドとして高値で取引されています。
 更に外房の荒波で育った太くて柔らかな「長ひじき」は、毎年3月の大潮の日に漁協関係者が総出で岩礁から刈り取られ「房州ひじき」として「千葉ブランド水産物認定品」になっています。「ひじき」は鉄分やカルシウム、マグネシウムが豊富な海藻で、日本では北海道南部、本州は太平洋沿岸、日本海南部、四国、九州、南西諸島に分布しているものの、国内で流通している「ひじき」の10%程度で、90%は中国、韓国からの輸入品です。産地として知られているのが三重県(伊勢)や長崎、そして千葉県南部で採れる「ひじき」です。
 「ひじき」の加工方法は「伊勢製法」と「房州製法」に分かれ、「伊勢製法」では刈り取った「ひじき」は加熱せずに浜で乾燥し、その後水戻しをして蒸し煮・乾燥を経て出荷されます。一方「房州製法」では、刈り取った「ひじき」はそのまま加工業者に運ばれ、直ぐに蒸し煮にしてから乾燥を経て出荷されます。刈り取って直ぐに加熱するので、他県にはない太くて柔らかな「長ひじき」が出来上がります。
 他にも高級食材として扱われている「ハバノリ」は、水温が下がる冬から春にかけて天津・小湊地区の波打ち際の岩礁に育つ海藻で、その名前から「ハバが利く」と縁起物として扱われています。
鴨川漁港
鴨川漁港
天津漁港
天津漁港

ひじき狩り
3月の大潮の日に漁協総出で行われるひじき狩り
房州製法
収獲されたひじきを直ぐに蒸し煮する「房州製法」

観光の街そして「食の宝庫」が作った「おらが丼」
 鴨川市は、太平洋を望みサーフィンや海水浴など「海のアクティビティ」が楽しめる場所として多くの観光客を集めるようになり、ホテル、旅館、民宿など宿泊施設の数も県内有数の都市になっています。1998年(平成10年)には、鴨川館が大深度掘削によって温泉(ナトリウム-塩化物鉱泉)を湧出させ、旅館業組合も市内を流れる加茂川水系の金山川上流に自然湧出している温泉をタンクローリーで市街地へ運び「鴨川温泉郷」が誕生したことで、海・温泉という観光資源の整備が整いました。
 1997年(平成9年)に東京湾アクアラインが開通したことで、千葉県内の観光施設は観光客の増加を期待していましたが、高い通行料が障害となったことや、アクセスが良くなった分日帰りの観光客の増加や、観光客を対岸の神奈川県に取られてしまうなど、宿泊施設を始め地元施設の利用者が減少傾向になってしまいました。
 しかし、鴨川市には海産物だけでなく、多くの地元産の農産物も揃っている、いわば「食材の宝庫」としての取り組みが行われています。
 2005年(平成17年 )から町おこしを目的に「地域対策振興会」や鴨川商工会の「食文化研究会」が協力して地場の食材を一部利用した「おらが丼」事業が開始され、以下の条件を守ることで認定することにしました。
 1.素材は鴨川のブランド米「長狭米」をはじめとした新鮮な地元の海の幸、山の幸を主体とすること。
 2.季節感を失わないこと。
 3.健康を意識した商品づくりを忘れないこと。
 4.入荷がなければ、その日は欠品であっても致し方なし、下手な小細工は禁物。
以上のことを守って「おらが丼」をメニューにする店舗が誕生しました。
 「おらが丼」も2010年(平成22年)に「全国丼サミットいしかわ2010」に参加し、小田原市、田辺市、宇和島市をはじめ名物丼を提供している各地域と友好協定を結ぶなど加茂川の定番グルメとして展開されています。
 2021年(令和3年)現在、各店オリジナルの「おらが丼」を販売している店舗は商工会に加盟している39店舗が独自の物を提供しています。メニューは魚貝を使った海鮮丼が多いものの、牛肉やシカ肉などを使った料理もあり、和風・洋風・中華など多岐にわたり、利用客のおなかを満たしています。
 「食材の宝庫」鴨川は、観光には欠かせない「おらが丼」に代表される「食」を武器に訪れる人の心を満たす場所になっていくかもしれません。
おらが丼
「おらが丼」を提供店にはのぼり旗が掲げられている
鴨川オーシャンパーク
鴨川の道の駅「鴨川オーシャンパーク」でも提供

(2025/6/10)
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